「コータ、ゲームしよう」
いつもの笑顔でいつものように言うもんだから、コータは警戒なんて言葉を浮かべる事が出来なかった。
それで、いつもの笑顔でいつものように「うん」と言ってしまったのだった。
「どんなんやる?金賭ける?」
人懐こい、犬のように人好きのする笑みを浮かべてコータは身を乗り出した。
「んー賭けは賭けでも金は賭けない。それぞれの大切な物を賭ける」
「そうなの?車とか?」
「さぁ。それはコータ次第だよ」
そういうタケオの口端に、異常な所は微塵も感じられなかった。
「ルールは簡単。俺が出すクイズにコータが答えられればコータの勝ち。答えられなければ俺の勝ち。賭けるのは自分の大事な物」
「それってタケオくん超有利じゃねぇ?」
「答えるのコータだけだろ?」
「…あ、そうか」
ゲームスタート。
初めはごく普通のクイズだった。タケオもコータも本当にごく普通にクイズを楽しんだ。
「ていうかドラムスティック貰っても嬉しくないんですけど」
「俺だってリストバンド貰っても嬉しくないし汗で湿ってるんですけど」
「プレミアつくよ」
「つかね―って」
それじゃぁ、とタケオが立ち上がったのは8問目か9問目かそのくらいだった。ドアに鍵を掛けて、こう言った。
「俺はコータの事が好きである。マルかバツか」
ちらり、と鍵を見せた。
「俺はこの部屋を出る鍵を賭ける。コータは?」
「え?えーとマルっ!当たり前じゃ〜ん。んとねーじゃぁこの指輪賭ける!」
答えたコータはやはり笑顔だった。なんの躊躇も無く。タケオは大仰に残念がって見せた。
「なんだーその指輪欲しかったのになぁ。正解。マルだよ、コータの勝ち」
タケオはコータに鍵を渡さず、自らの口の中に押し込んだ。
「ほら、鍵。取りなよ」
「えっ…」
コータは明らかに狼狽した様子を見せた。戸惑うコータに、タケオは赤い舌に鍵を乗せてぺろっと出して見せた。
「早く取らないと鍵、飲んじゃうよ?」
「ちょっとタケオくん何言ってんの」
「ほらほら」
「危ないって。出しなよ」
「だからコータが俺の口の中から鍵を出してよ」
頑として聞かないタケオにコータの方が折れた。多分ふざけているのだろう、とコータは半ば呆れてタケオの唇に指を当てた。
少し開いた隙間に指を滑り込ませる。
「噛…まないでよ」
タケオは返事の代わりにニッコリ微笑んだ。初めに見た笑顔と何ら変わりはなかった。
人差し指で口内をかきわけ、硬い金属の感触を探り当てたコータはゆっくりと引き抜きにかかった。
鍵は造作もなく取出す事が出来た。しかし、コータの指はタケオの口に吸込まれたままだった。
「タケオくん?放してよ」
なおもタケオはコータの指を咥えて放さない。
「ちょ…タケオ…くん?」
タケオはそっとコータの手首に手を添えた。その時、コータは指の腹を舐める柔らかい舌と同時に背筋にぞくりとしたものを感じた。
「うっわ!!」
驚いたコータは無理矢理にタケオの口から指を引き抜いた。
勢い余って歯に引っ掛けてしまったらしく指に鈍い痛みが走った。
背筋に感じた快感は、タケオに指を舐められたからだと少し遅れて気がついた。
「いたー」
顔もしかめずにタケオは口元に手をやった。
「痛かったのはこっちだよ、何考えてるのさタケオくん!」
唇を押さえていたタケオが、にぃ、と口角を持ち上げた。
「なにって、言ったじゃん。俺はお前が好きなんだって」
「な…」
「次の問題」
タケオは無理矢理コータをソファに押し倒した。状況についてけないコータは抗う事すら見失った。
「俺はコータとヤりたいと思っている。マルかバツか?」
「タケオくん…?」
「俺はコータの自由を賭ける。コータが勝ったらもう止める。どうする?」
コータの答えは決まっている。タケオには自信があった。
コータは認めない。認めたくないはずだ。
俺とこうなる関係を。
一縷の望みにかけてコータは答える。
「…バツ」
一瞬タケオが悲しい顔をした、気がした。
「ハズレ」
コータの顔が歪んだ。自由を奪われる事よりも、その告げられた事実に。
タケオは手際良くネクタイでコータの手を縛った。
「タケオくん…マジ?」
絞り出すように、哀願するようにコータは言ったが返事はそっけなかった。
「うん。だって賭けたじゃん」
「そこじゃなくて…その、俺と…」
タケオはソファに寝かされたコータに跨り、見下ろして笑った。今度は明らかにいつものタケオの笑顔ではなかった。
瞬間、コータはタケオが本気だという事を悟った。
「次いくよ」
タケオはコータの顎に手をかけた。コータは反射的にくっ、と首を反らした。
息が詰まりそうだった。
「…いやだ…」
「なに、もうゲームオーバー?」
「なんで、こんなことするんだよ…?」
「なにが?」
言い返すタケオの声は明瞭だった。眼差しが冷たい。
「男同士なのに…とか?」
「…」
「そんなの変えられない事実だからどうしようも無いよね。でも、コータが好きなんだ」
タケオの顔を見上げた。そこにはコータには伺い知れない表情が浮かんでいた。笑みが引きつっているようにも見えた。
「でも、こんなことされたら俺、タケオくんの事嫌いになっちゃうよ」
「嫌えよ」
吐き捨てるようにタケオは言った。
「俺の事嫌えよ。憎めよ、いっそのこと。そうしたら…」
僅かにタケオの目が光を失った。消え入るような語尾はコータに届いただろうか。
「タケオくん…?」
「次」
ビクン、とコータは身体を固くした。必死でタケオを止める方法を考えたが焦りだけが積もっていった。
「コータは俺の事が嫌いである…マルか、バツか。最後の問題だよ」
「タ…」
「コータの身体を賭ける。サービス問題だ、自分のことだろ。良く考えな」
コータの答えは決まっている。タケオには自信があった。
優しいコータ。それを利用する汚い自分。
「…***」
ゲームオーバー。
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中途半端に中途半端で変なお話。