月が紅く血塗られている。 煌々と放たれる紅い光は闇夜に滲み、溶けていく。 そんな夜は。 窓から月を見ていたキリトはコータを仰いで急かす。 「コータ…まだ?」 「ん…ちょっと待って」 コータは首に巻かれた包帯を丁寧に解いた。 ほんの少し血の滲んだ包帯は、はらりと床に落ちた。 露になった首筋に二つの小さな傷痕が見える。 まだ完全に固まっていない血糊が月の光に照らされて鈍く煌いた。 「ほら、いいよ」 「ごめん…コータ…」 そういうキリトの目は虚ろだった。キリトはコータに寄り添うと傷口に唇を這わせ、そして噛んだ。二つの傷はキリトの犬歯に一致し、更に深く抉る。 「うっ…」 痛みは一瞬だけで徐々に快楽に変わる。 麻酔は傷口から体内に侵入し、コータの脳髄を侵した。 耳鳴りが心臓の鼓動に共鳴して大きくなる。 「あっ…おに、ぃ…」 キリトはコータの首にかぶりつき、生き血を飲む。 他の誰でも変わりにはなれない。 コータの、肉親であるコータの血以外、キリトは受付けなかった。 キリトの口の中に生臭い芳香が広がる。 弟に懺悔をしながら、キリトはその芳香に酔っていた。 ***** 「俺の血って旨い?」 包帯を巻きなおしながら、コータは聞いた。 キリトの口にはまだ血がついていて、まるで死化粧のようだとコータは思った。 キリトは血塗られた唇で笑った。 「…旨いよ。舐めてみる?」 え、と聞き返す暇もなくコータの唇はキリトのそれによって塞がれた。無防備に開いた口にキリトの舌が侵入する。コータが舌を絡めると、ふわりと血の味が広がった。 キリトの口に残っていた血の味だった。 味、というものは捉えられなかったが、鉄の匂いははっきりと分かった。 少し赤みがかった唾液が唇から糸をひいた。 キリトはぺろりと口の端を舐めて唾液と口のまわりの血を拭い取った。 「どう?」 「まずい…」 苦虫を潰したような顔にキリトは思わず笑った。コータも、つられて笑った。 「他のやつの血は美味しくないんだよ」 「そうなの?」 「俺が飲めるのはコータのだけ」 「なんでだろ」 キリトは嬉しそうに笑んだ。 「知らない」 本当に知らないのか、それとも実は知ってるのか。 コータがもう一度聞こうと思った時、キリトがコータに抱きついて来た。 キリトの黒髪からはシャンプーの甘い香りがした。 「お兄?」 「血に…酔ったみたい」 キリトの息は熱く深い。媚薬を飲んだ娼婦のよう。 窓からは秋の訪れを告げる涼しい風と月の明かりが入り込んで来た。 夜空に浮かぶ月は朱く不気味なほど大きい。 そんな夜は。 「ねぇ、コータ…しよ…」 雲までが朱い。 |